仕事じゃなくて、たんぽぽ団、高田渡とたんぽぽ団で来てくれないかという仕事がいっぱい来ちゃってどうする?」って相談があの、僕のところにあの、来まして、「じゃあもう一回再結成しようか」てことで、正規メンバーをベースを村瀬雅美さんに代えて、前は違う子だったんだけれども、あと若林君と僕と基本的に4人で一応やろかってんで、始めたのが「武蔵野たんぽぽ団」だったんですけども。そいで、あの、いろんな地方に行ってなんか、あの、例えば、いろんなミュージシャンと逢った時に、じゃあそこでいっしょに入ってやろうかってんで、ワイワイやるバンドだったんですね。でも基本は4人で回ってました。
そいであの、最初のたんぽぽ団のきっかけっていう中津川のあれも、「名前なんか、格好つかないから、なんかバンドの名前付けた方がいいんじゃないか」っていうんで、みんなでワイワイ来てたんですけど、誰も考える人がいなくて、たまたま僕がマンガを描いていて、そのマンガの、僕吉祥寺に住んでて、マンガ描いてて「武蔵野たんぽぽ団」というタイトルでその「少年探偵団」みたいなマンガを描こうと思ってたんで、そのタイトルを「武蔵野たんぽぽ団てのが、あるんだけども、どうだろ?」てんで、「いいんじゃない、それで」って言うんでなったんですけども、まあ、その裏の中には、あの武蔵野の、こう、たんぽぽのこう、種が一杯くっついてるじゃないですか、それは、僕たちのこう一人一人で、いずれまあ、パーっと皆、散って居なくなっちゃうんだけれど、また、その種がどこかで根付いて「花咲かせよう」みたいなという意味もあったんで、まあ、それにしようということで「たんぽぽ団」が、始まりました。
そやろ、そやから、あれやんけ。オレなんか一番最初にワタルからシバのこと聞いたんは、もうほんま、あの、「たんぽぽ主食にしとる。」とかね、そこまでアホな話あったんねん。貧乏でね。食いもんないから。
食べてたのはたしかですけど。
今でも食ってるしな。
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